様々な偽情報が世の中を賑わせている。しかし、現在のところ偽情報に関する報道のほとんどは個別の投稿に関するものがで、大量の偽アカウントを利用した情報拡散についてはあまり注目されていない。
当社は日々ソーシャルメディア上の組織的なボットの動きについて分析を行っている。そこで、本記事では多くのアカウントを動かしてソーシャルメディア上の言論を「操作」する動きがどのように存在するのか解説したい。
2つのフェイク
ソーシャルメディアの文脈で「偽情報」というと、一般的には生成AIで作成した偽画像などを利用した事実ではない投稿をイメージしがちである。しかし、ソーシャルメディアにはもう一つの「偽情報」がある。それは偽アカウントや偽ページを駆使した世論操作である。
前者の「偽情報」の場合、情報が正しいか誤っているかが問題となるが、後者の「偽情報」の場合、情報が誤っているか正しいかよりも、その情報が偽アカウントによって拡散されているかが問題となる。たとえそれが正しい情報だったとしても、組織的に偽アカウントがその情報を拡散しているのであれば、それは「操作されたネット世論」であり「偽情報」と言える。
このような自らの言説を広めるために多くのアカウント(多くは意図的に作成した不正な活動をするためのアカウント)を使って投稿をしたり、いいね数やシェア数をコントロールしたりする行為をCoordinated Inauthentic Behavior(CIB)という。日本語にでは「協調的不正行為」などと訳されるが、多くのアカウントを協調させて(「コーディネート」させる)ネット世論をコントロールしようとする動きであることからこのように呼ばれている。
中国が7000以上のアカウントを運営
Facebookを運営するMeta社はFacebook上でCIBがどのように実施され、それに対してFacebookがどう対応しているか定期的にレポートを出している。今年8月のレポートではトルコ、イラン、中国、ロシアによる事例が紹介されていた。
その中でも特に目立つのは中国の動きである。Facebookは中国によるものと見られる7704アカウントを削除したという。またFacebookは954のページを削除したが、56万のアカウントがこれらのページを少なくとも一つフォローしていたという。
これらのFacebookページは必ずしも中国側が開設したものではなく、ベトナムやバングラデッシュ、ブラジルのSNSアカウント転売業者から中国が購入したのではないかと同社は推測している。元々はスマホケースや衣類の広告を掲載していたFacebookページが突然、中国側の主張を流すようになったという事例もあったという。おそらく、当初は中国には関係ないコンテンツを投稿として運営されていたFacebookページを中国が購入してその際にフォロワーを引き継いだのと思われる。
同レポートによれば、これらの偽アカウントの多くは北京時間に合わせて活動しており、北京時間の昼食時間と夕食時間には投稿量が減少するという傾向にあったという。ちなみに月曜日から金曜日の投稿が多く、土曜日と日曜日は比較的少なかったようだ。これは中国と同じ時間帯にある企業などが組織的にアカウント・ページ運営していることを示唆している。
実際にははるかに多くの偽アカウントが存在?
同レポートによれば、中国が運営する偽アカウントや偽ページはかなり幅広いテーマを扱っており、新疆ウイグル自治区での中国の政策を肯定するものもあれば、米国の外交政策を批判したものもあったという。実際にあった投稿として英語と中国語だけではなく、日本語、韓国語、タイ語のものも例示されていた。当然、福島第一原発事故に伴う処理水に関してもこのような攻撃の対象になっている。
一方で、プラットフォーム側もCIB全てを検知できるわけではない。偽ページや偽アカウントの運営者が丁寧に偽装活動を行えば、プラットフォーム側がその監視のために活用する巡回ボットはそれらを見逃してしまうかもしれない。したがって、実際には削除された数よりもはるかに大きな数の偽アカウント・偽ページが存在すると言えるだろう。
他のプラットフォームではどう?
そもそもFacebookは比較的CIBの実行が難しいプラットフォームだ。まず実名主義をとっているので、X(旧Twitter)などの他の匿名性の高いプラットフォームに比べればその人物か現実に存在するかしないか検証するのは容易である。
また、FacebookはプラットフォームとしてCIBの取り締まりで熱心で、同社は特定のIPアドレスからのアカウント作成をブロックしており、CIB実行者が実際にアカウント作成に成功しても怪しい動きをしていれば作成後数分以内にそのアカウントを削除しているという。CIBに関するレポートを定期的に発行しているのもプラットフォームとしてそのような行為を許容しない姿勢の表れと言えるだろう。
そのFacebookでさえも多くのCIBと思われる動きが発見されているので、他のプラットフォームも合わせると相当数が存在すると思われる。特にXではアジェンダを問わず日々数多くのCIBが観測されている。偽アカウントのポスト(旧ツイート)を他の大量の偽アカウントでリポスト(旧リツイート)するというケースが数多く見られる。その中にはX側に検知されて削除・シャドウバン(タイムラインや検索結果に表示されにくくすること)されているものもあるが、そのまま放置されているものも少なくない。
今後XやFacebookでの取締強化に伴い、CIBは取締りのゆるいより小さなプラットフォームへ移行していくと考えられる。CIBの取り締まりにはある程度の人的・技術的リソースが必要なので、それらが十分にない小さなプラットフォームはCIBを放置してしまうかもしれない。そうした無法地帯となったプラットフォームは中国やロシアにとっては非常に都合のいい場所になるだろう。
今こそCIBに目を向けるべき
CIBによる世論操作は言論空間を歪めて健全な民主主義を阻害するという問題だけではなく、安全保障上の問題も有している。日本や西側諸国が何らかの物理的攻撃を受けた際にCIBを利用したフェイクニュースが拡散されれば社会を混乱させることが可能だからだ。「情報戦」と「認知戦」がより重要になっていくであろう今こそ、もう一つの「フェイク」であるCIBに目を向けていくことが重要になるだろう。